地球人に向けて
このブログは、オリオン星人であるピピンの視点から 地球人へのメッセージをお伝えします。

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反省の必要性

通りすがりの地球人
ピピンさん、昨日、反省と瞑想っていうものを伺ったんですが、こんなことして何になるんでしょうか?正直言って、するの面倒になってきました。
 
ピピン
あぁ~。
まだ分かっておらんようじゃのう。
それに悪想念に大分やられておるようじゃ。
「面倒」って、あぁ~情けない。
じゃから、お主はボーっとしておるというんじゃ。
 
通りすがりの地球人
すみません。
お世話かけます。
 
ピピン
まぁ、これだけの悪想念の中で生きておるんじゃから、仕方ないと言えば仕方ない。
こういう時代だからこそ、神の子の自覚をもって欲しいんじゃがのう。
そういっても仕方ないのう。
まぁ、わしの説明が悪いということじゃ。
お主が分かるまで、わしは何度でも諦めずにしつこく言うてやるでな、それが愛っちゅうもんじゃ。
 
前に話したことの繰り返しになるがようよう聞いてくれ。
まず、人間はこの世とあの世を何度も何度も生まれ変っておる永遠の生命であるんじゃ。
そして、この世とあの世を生まれ変っておるが、どちらが実際に長い時間おることになるかというと、あの世におる時間の方が長いんじゃ。
通常、この世で数十年生活した後、あの世で数百年過し、また、この世に生まれ変わってくるということを繰り返しておる。
そして、この世というものは、あの世で生活しておるときに魂が掴んだ悟りというものが本物であるかどうかを試す試験場としての役割があるんじゃ。
つまり、あの世の生活が本来の世界であり、主なる世界であり、この世の生活が仮の世界であり、従なる世界であるんじゃ。
あの世が主でこの世は従なる世界であるということじゃな。
 
ところが、あの世の世界は、波長の世界であって、心の波長によって天国と地獄に住み分けることになるんじゃのう。
そして、残念なことに、地獄に行ったものは、天国に戻れる心境を取り戻すまで、地上に生まれ変ることができないようになっておる。人によって、数千年地獄で苦しみ悶えながら永遠の生命を楽しむことになってしまうんじゃ。
実際に、この前話したルシファーというような魔界の者達は、1億年以上もまだ地獄におるんじゃのう。永遠の生命があるが故に苦しみから逃れて消えてなくなることも出来ん。なんと皮肉なことじゃろうかのう。
 
これがお主の生きておる世界なんじゃ。
地獄へ行って嬉しいものなどおらんじゃろう。
お主は、わしみたいに地獄温泉に行きたいと思うか?
 
通りすがりの地球人
この世にある地獄温泉には行きたいですが、あの世のは行きたくないですね。
行ったら、なかなかでれないんでしょ?
 
ピピン
いやぁ。
出れないのではなくて、居心地がようて出たくなくなるんじゃ。
身体がふやけて、もうええかなって思うまで出れんだけじゃぞ。
どうじゃ、それでも行きとうないか?
いつも通り、お主の得意なボーっとして、普通に生きておるだけで、今は行けるんじゃぞ。
今はのう、地獄ツアーキャンペーンみたいな時期でのう。
簡単にいけるようになっておるんじゃぞ。
実際に、かなりの人間が地獄へ行っておるんじゃ。
どうじゃ、それでも地獄へ行きとうないか?
 
通りすがりの地球人
ええ。
それは、謹んでお断りします。
 
ピピン
そうか。
残念じゃのう。
お主と地獄温泉で裸の付き合いでもしようかと思うておったんじゃが、実に残念じゃ。
 
通りすがりの地球人
気持ち悪いこと言わないで下さい!!
 
ピピン
気持ち悪いとはひどい奴じゃのう。
では、いかにすれば地獄へ行かず、天女様の待っている天国へ行けるかという、その方法論じゃな。これがいるということになる。
 
通りすがりの地球人
天女様って・・・。
また、女性のことじゃねぇかよ!(小声)
 
ピピン
ん?
なんか言ったか?
 
通りすがりの地球人
いえ、別に。
 
ピピン
そうか。
ならええわい。
でじゃ、いかにして天国へ行くかというのが、反省と瞑想という訳なんじゃ。
これが、反省、瞑想というものが必要な訳なんじゃのう。
 
反省について、感謝を目標にしろというたが、これが重要なんじゃ。
地獄におる者で、感謝のできるものは一人もおらんのじゃ。
口から出るのは、「辛い辛い」とか「自分が悪いんじゃない。誰々さんが悪いんだ」なんてねぇ。不平不満ばかりなんじゃ。
「あぁ、ありがたい」なんて感謝の言葉なんぞ、一つも出てこんのじゃ。
逆に天国の住人はというとじゃ、いつも感謝の思いと言葉を出しておるんじゃのう。
じゃから、日々反省して、感謝しておれば、地獄に行くようなことはないんじゃ。
それが、反省をする理由じゃのう。
瞑想に至っては、霊性の向上という、もうちょっと積極的な意味があるんじゃのう。
 
通りすがりの地球人
そういうことか。
なんか頭が整理できました。
くじけずに頑張ってみます。
 
ピピン
昨日も同じようなことを言っておったようじゃが・・・。(小声)
 
通りすがりの地球人
えっ?
何か?
 
ピピン
いやいや、頑張ってくれって言おうとしただけじゃ。
 

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反省と瞑想

ピピン
これまでに、色々話して来たが、どうじゃろう?
心は変わってきたじゃろうか?
 
通りすがりの地球人
そうですね。
あまり変わりませんねぇ。
知識的なことは、増えて着ましたけど、どうも実感というものが・・・。
 
ピピン
まぁ、そんなもんじゃろうな。
いくら「人間は神の子」じゃと聞いても、「自他一体」じゃと知っても、聞いて知っているだけではどうしても実感が出てこないであろうし、ましてや思いや行動になんぞ、なかなか結び付かんじゃろうな。
 
通りすがりの地球人
では、どうすればいいんですか?
 
ピピン
そうじゃのう。
内なる時間というものを通していく必要があるじゃろうな。
 
通りすがりの地球人
内なる時間・・・?
 
ピピン
そう、内なる時間じゃ。
まぁ内省的時間というたら分かるかのう。
あるいは、一人静かに心を見つめる時間というたらええじゃろうか。
これを、反省とか瞑想というんじゃが、まだ、詳しくは話しておらんかったのう。
どういうものか、分かるかのう?
 
通りすがりの地球人
分かります。分かります。
猿がやるやつでしょ。
 
ピピン
そうそう。そうそう。
こうやって、肩を落として、うなだれて手を置いて「反省」って、おい!!
あれは反省猿ではないか!!
あれは外見だけで、何も「反省」の中身がない!
そんなことは言っておらんぞ。
 
通りすがりの地球人
あの~。
コテコテなんですけど~。
 
ピピン
バカモン!!
宇宙人にこんなことをさせるではない!!
そんなことよりじゃ。
「反省」と「瞑想」の話じゃ。
ええっと。
そうそう。
「反省」と「瞑想」じゃな。
これを通して、一人静かに今までわしが言ったことをよくよく考えてみることじゃ。
 
通りすがりの地球人
反省とか瞑想って実際にはどうやったら良いんですか?
 
ピピン
こうでなければならないという決まりはないが、目はパッチリと開いていなければよいので、半眼でもよいし閉じておってもよい。
背筋を伸ばして胸の前で合掌して、深く深く深呼吸をして心を落ち着けてから、自らのあり方を振り返っていくんじゃ。これを反省といい。心が落ち着いた後に、知識をイメージ化することを瞑想というんじゃ。
 
例えば、先日、「感謝と愛の心」という話をしたが、それに基づいてのう。「当たり前と思っているものは、実は当たり前ではない」という視点を持って、色々と振り返って行くわけじゃ。そして、色々なものを与えられている自分というのうを発見して、感謝していく。
まぁ、反省に関しては、八正道というものもあるが、まず初歩的な段階として、感謝というのを当面の目標地点にして、感謝ができれば反省は出来たとしていけばよいかと思う。反省を深めていくと、感謝には本物と偽物があるということが、そのうち分かってくるようになるじゃろう。
 
次に瞑想というものじゃが、イメージすることというたがまぁいわば、イメージトレーニングみたいなもんじゃな。スポーツ選手がようやっておるじゃろう。あれみたいなもんじゃな。
例えば、「人間は神の子」をイメージするとする。世界全て、他の人も自分も全て神様の命であり、光であり、愛であり、全てよきものであるとイメージする。そして、自分は神の命そのものであるとイメージしていくんじゃ。そしてそれができれば、他人も全て神の命であり、自分なんだとイメージしていく。これは瞑想の中でも、神想観というものなんじゃが、これだけでは、ようわからんじゃろうから、また、別の機会にちゃんと説明しようと思うておる。瞑想といっても他には、行雲流水の瞑想とか、満月瞑想とか、まぁいろいろあるもんでなぁ。 

まぁ、どちらをやってもよいが、反省からやる方が分かり易いかも知れんのう。
とにかく、やってみるとどういうものか分かってくるじゃろう。
 
通りすがりの地球人
なるほど、一度やってみます。
 

テーマ:メッセージ - ジャンル:日記

神の子の自覚

通りすがりの地球人
昨日の話についてなんですが、私も「自分は神の子である」と自覚しようとしてみたんですが、なかなかできないんですよ。どうしたら、いいんでしょうか?
 
ピピン
おお、おおう。
感心じゃのう。
昨日頂いたコメントといい、お主の直向き(ひたむき)な態度といい。
わしは嬉しいぞ。(涙)
 
通りすがりの地球人
あぁ、また泣いてるよ。この人・・・。
それに、私は、ピピンさんが仰るように直向きかどうか・・・。
 
ピピン
そうじゃのう。
お主は、ボーっとしておるからのう。
確かに、お主が直向きかどうかは、怪しいもんじゃ。
 
通りすがりの地球人
おい!!
人を上げておいて、落とすんかい!!
 
ピピン
まぁ、良いではないか。
それよりじゃ。
お主の質問が大切じゃのう。
さてと、なぜ自覚できないのかということじゃなぁ。
ちと、聞くが焦りの心はないか?
あるいは、自覚できないとダメだなんて思うておらんか?
そして、出来ない自分を見て、やっぱりできないなんて思うておらんか?
 
通りすがりの地球人
あぁ、確かに早く神の子の自覚をしなきゃって思ってますね。
それに、自覚できなきゃ自分はダメだとも思ってます。
 
ピピン
うむ。
焦ってはならんぞ。
「急いては事を仕損ずる 」というじゃろう。
ゆったりした気持ちでやるんじゃ。
どうせ永遠の生命なんじゃしのう。
 
何故(なにゆえ)に、焦りの心が出、「できなければ自分はダメだ」と思うかということじゃが・・・。
気を悪うせんで、聞いてくれ。
わしはプライドっちゅうもんがあるからではないかと思う。
やっぱり、どっかでのう。
「わしは偉いんじゃぁ~」って、気持ちがあるからじゃないかと思うんじゃ。
じゃから、焦る。そして、「できなければ自分はダメだ」って自分の首を締める。
間違うておるかのう?
 
通りすがりの地球人
人を裁いちゃダメって言っておいて、裁いてるじゃないですか!!
 
ピピン
うは!
図星じゃったかのう。
悪い悪い。
しかし、話は最後まで聞くもんじゃて。
わしは、そのプライドを持っておるということ自体をダメだとは言っておらんぞ。
そのプライドが出てくる理由は、自分が優秀な魂であるということを内心よく知っておるからじゃからのう。
それに、神の子の自覚っていうのは、ある意味でプライドを持つっていうことじゃしのう。
言い換えれば、神の子としてのプライドを持つ為に、神の子の自覚をするということなんじゃからのう。
じゃがのう。残念ながらお主の持っておるプライドと神の子としてのプライドっちゅうのは、ちと種類が違うんじゃ。
お主のもっておるプライドというのは、肉体人間の自分にとらわれるところから発生するプライドなんじゃ。これは「自信」あるいは、それを通り越して「過信」「慢心」といわれるものなんじゃ。
そうではなくて、わしが言っておるプライドは、肉体人間を去ったところの本来の自己に対するプライドのことなんじゃ。これは、「自信」、正確には「自己信頼」といわれるものなんじゃ。
まぁ、「似て非なるもの」というところかのう。
ただ、自己認識する際に本来の自己を忘れて、肉体人間の自己を自分と思うておるところに問題があるわけじゃ。お主がダメなんじゃなくてのう。ダメなのは、肉体人間の自己を自分と思う考え方なんじゃ。
 
通りすがりの地球人
では、肉体人間の自己という認識を捨てろということなんですね?
 
ピピン
まぁ、そういうことじゃのう。
もっと平たくいうとじゃ。
現実の自分がどんな状態であろうが関係ないということじゃ。
自分が盗人(ぬすっと)であろうが、殺人犯であろうが、死刑囚であろうが、精神異常者であろうが、小人であろうが、巨人であろうが、阪神であろうが関係ないんじゃ。
 
通りすがりの地球人
小人とか巨人はあまり関係ないでしょ。
阪神は、絶対に関係ない。
球団ですから。
 
ピピン
おお!
よう分かったのう。
感心感心。
神の子の自覚が深まって来たようじゃのう。
 
通りすがりの地球人
なんでやねん!!
 
ピピン
しようもないことを言うてしもうたわい。
ええっと。
なんじゃったかのう。
そうそう。
現実の自分がどんな状態であったとしても、そんなものは関係ない。
そんな外なる自己なんぞ関係ない。
そんな自己認識なんぞ丸めて捨ててしまって、内なる自分というもの、これが神の子であるということを実感して行こうとすることが大切なんじゃ。
「こうでなければ、神の子ではない」なんていうような条件付で自分を見たりすると、なかなか神の子の実感が湧いてこない
そうではなくて、もう無条件に自分が神の子であるということを自覚していくこと。それが大切なんじゃ。
 
通りすがりの地球人
なるほど。
無条件にか・・・。
なにか分かったような気がします。
 
ピピン
そうか。
それは良かった。
 

光とは何か?

ピピン
今日は、光ということについて話をしようかのう。
 
通りすがりの地球人
光・・・ですか?
 
ピピン
そうじゃ。
光じゃ。
光というても、蛍光灯や電球の光ではないぞ。
そうではなくて、神の光というものについてじゃ。
 
通りすがりの地球人
神の光ですか?
 
ピピン
神とは光であるとも言われておる。
大宇宙の神とは、愛の法則であり、光であるんじゃ。
では、光とは何か?
これについては諸説あろうが、まぁ、わしなりに話しておこうと思うておる。
 
まず一つ目の性質として、太陽の光を考えると分かると思うが、熱エネルギーであるということが分かると思う。太陽の光を受けるとその箇所が熱くなるし、太陽自体に近づけばわしらは燃え尽きてしまう。それ程の熱エネルギーであるということじゃな。
 
そして次に、生命の源であるということ。これは植物を見ればよく分かるじゃろう。光がないところでは植物は育たんのう。これは、光がないと生命は生きていけんということを自然がわし達に暗示しておるんじゃ。ということで、光とは生命の源であるということじゃ。
 
そして三つ目に、光とは照らすものであるということ。暗いところで蝋燭を灯したりすると周りを見えるようにしてくれるのう。光が周りを照らしておるから、見えなかったものが見えるようになる。
 
こういった3つの性質があると思う。
他にも考えれば、いろいろな定義はできるであろうが、わしのようにあまり頭のようない宇宙人から言えるのは、この程度じゃ。
 
さて、光とは何かを定義したが、次に、大宇宙の神は愛の法則であると言われるが、「神とは光である」とも言われるんじゃ。神とは光であり、愛であるということじゃな。そして、人間は神の子であるからして、人間は愛の子であり、光の子でもあるということなんじゃ。光の子じゃからのう。大宇宙の神が光の源で、人間はそこから発された光ということなんじゃのう。
とすればじゃ。
先程挙げた光の性質は、人間ももっておるということじゃな。
 
人間が光として生きていくとき、他の者に対してエネルギーを与え、生命を与え、真の姿を照らしだすということになるかと思う。その者が如何なるものであるかということを照らし出す。あるいは、他の者の心を暖め元気にし、生きる気力を与え、進むべき道を照らすということじゃな。これは光としての仕事ではあるが、「愛=神=光」であるからして、同時に愛であるということが言えよう。
自他一体を知って愛を与えるというが、一体何を与えたらよいかというと「光」を与えよということでもあるんじゃ。落ち込んでおる者が居ったならば、その者の心を暖める。あるいは、希望をもって生きていけるようにする。あるいは、「あなたは神の子ですよ」と言って本来の姿というものを照らし出す。または、相手の素晴らしさを発見して知らせていく。こういったことが挙げられるかと思う。
これは光の性質であるからして、光として人間は生きていくのが本性に則っておるということじゃな。
 
通りすがりの地球人
そうは言われても、中々、光として生きるなんてできないですよ。
どうすれば、その光として生きていけるんですか?
 
ピピン
それは、「自覚」を深めるということじゃ。
「自分は、神の子である」ということを自覚していくことじゃ。
その自覚が深まれば、深まる程に本来の力というものが自分の内より出てくるんじゃ。
嘘だと思うなら、「人間は、神の子」であるということを自覚してみてはどうかな?
そのときに、わしに「神の子って自覚したけど、元気でなかったよ。嘘だったよ。」と教えてくれればよいじゃろう。
 

信仰とは何か?

ピピン
今日は、お主達の言葉でいうところの「信仰」というものについて話そうと思う。
 
通りすがりの地球人
またですか・・・。
宗教臭いのはあまり好きではないんですが・・・。
 
ピピン
まぁ、そう言うでない。
信仰と聞けば何か特定の新興宗教と思いアレルギーみたいなものを持っているのが、今の日本人の普通の姿かも知れぬのう。
「しんこう」だけに仕方がない。
 
通りすがりの地球人
宇宙人でも、しようもないこというんですねぇ。
 
ピピン
うるさいわい!
そんなもん、軽く流さんかい!
恥ずかしいではないか!
 
通りすがりの地球人
あっ!はい!!
それは、失礼しました。
 
ピピン
信仰というても、特定の宗教と結び付ける必要はないし、特定の神様を信じるということでもないんじゃ。
本来、信仰とは大宇宙の愛の法則を信じることをいうのだということをそろそろ、地球人は知らねばならなぬ時期に来ておる。
なんどとなく「人につかず、組織につかず、法につけ」と申して来たが、同じことを言って居ったんじゃ。
「人につかず、組織につかず」とはいかなることか?
それは、特定の宗教、あるいは宗教団体というものに属さないということじゃな。そして、「法につけ」の「法」とは、大宇宙の法則を指しておるんじゃ。
つまり、「もう人類は特定のキリスト教だのイスラム教だの仏教だのそのような特定の宗教に属する必要はない。すべての宗教の源である大宇宙の法則に従って生きよ」ということなんじゃ。
この考え方が今、地球人類に求められておるんじゃ。
 
宗教戦争というものがあるが、それは一体何によって引き起こされて来たのか?
アラーの神が「キリスト教は悪魔の教えであるから、成敗せい」と言ったか?
イエス・キリストが「イスラム教は悪魔の教えであるから、根絶やしにしろ」と言ったか?
宗教戦争を始めたのは、人が作り出した教会や国家という組織ではなかったのか?
イエスは言われたではないか!
「汝の隣人を愛せよ」と。
「汝を迫害する者の為に、祈れ」と。
アラーの神は言われたではないか!
「人を殺すなかれ」と。
宗教戦争というものは、その単純な教えにさえ背いておるということなんじゃ。それが法につかず、人や組織に付き従ってきた結果だということを地球人は知らねばならん。
 
通りすがりの地球人
「人につかず、組織につかず、法につけ」って何度か聞きましたが、そういう意味でしたか。
 
ピピン
うむ。
じゃからこそ、今、地球人は真の信仰というものに至らねばならんのじゃ。
特定の宗教、宗派なんぞにこだわることなく、「神の法」、「大宇宙の法」に従って生きて行こうとすることが大切じゃということなんじゃ。
わしは、各人が今信じておる宗教・宗派というものを信じたとてそれはそれで構わぬと思う。ただ、そこの宗教・宗派で伝えんとされてきた「大宇宙の法則」というものを守って貰いたいんじゃ。
「人を殺すな」と教えられておるのに、人を殺したり、「隣人を愛せよ」といわれているのに、隣人を裁いて責めたりするというようなことがなきようにあってもらいたいんじゃ。
どの宗教を信じようが、全て神より降ろされ「法」であるんじゃ。万教同根なんじゃ。
真実に「法」に付き従って生きるということが肝要なことじゃとわしは思う。
「信仰」「信仰」というて、特定の人間や組織に帰属し、その特定の人間や組織に従って「法」に背いて生きるなんて愚かなことは止めてもらいたいんじゃ。
 
このメッセージは、既存の伝統宗教といわれるキリスト教、仏教、イスラム教などだけに対して発しておるのではなく、新興宗教といわれておるものに対しても発しておるということだけは、ここで言っておくぞい。
 

テーマ:メッセージ - ジャンル:日記

魂の兄弟

ピピン
先日、守護霊について話したが、今日は魂の兄弟との再開というものについて、話をしようかのう。
 
通りすがりの地球人
ちょっとした守護霊に関連する特集見たいなもんですねぇ。
 
ピピン
そうじゃ。
キャンペーン実施中ってなところじゃな。
 
皆、死んだら肉体を離れてあの世に帰って行くわけじゃが、ちゃんと迷わず帰れれば魂の兄弟と再会することになるんじゃ。
これが、楽しみなんじゃ。
まぁ、自分以外に5人おるわけじゃが、あるとき、皆、会議室のようなところに集められてのう。そこで、皆、がやがややっておる。
お互いにまったく別人に見えるが、どうも話していると自分と同じような考え方をしておる。よく見ると癖も似ている。外人であっても自分に似ておる訳じゃ。まぁ、世の中には自分とよく似た人が居るもんじゃなぁと思うわけじゃ。
しばらくすると、どうも議長らしいものが出てきて、本体なんじゃが、咳払いをして、「それでは、皆さん席について下さい。」「もう、気づかれたと思いますが、私達は、それぞれ他人に見えますが、私達は1つの存在です。いわば、私達=私なんです。私達は、魂の兄弟なんです。」なんて感じで話が進むわけじゃ。
そこで、本体から自分達の魂の計画とは一体なんだったのか。どのような目的で、それぞれの個性を持っていったのかが明かされていくんじゃ。自分としては、本当に壮大なスペクタクルロマンを感じるんじゃのう。自分としては凄い冒険をしてきたということが分かってくる。失敗もあったが、よく頑張って来たんだなぁということがよくよく自分で分かってくる。
 
皆、「ほうほう」と首を縦に振ったり、涙を流したりして聞いておると、本体から「では、私達の魂の経験を実際に共有しましょう。」って言われてのう。共有の儀式みたいなもんを行うんじゃ。視覚的にいうと段々と魂と魂が重なり合って行って、6体が1つにオーバーラップするような感じでじゃな。どんどんと融合していく。まぁ、合体していくような感じじゃな」
そして、この合体が完成すると本当に幸福感というものが沸いてくる。皆、本当に嬉しくてたまらない。「よかったねぇ。」「よかったねぇ。」って言い合っておる。
こんなことをお主達は、数十年先に経験することになるんじゃ。
 
通りすがりの地球人
へぇ~。
それ本当に嬉しいだろうなぁ。
早く味わいたいです。
 
ピピン
そうじゃろう。
そうじゃろう。
ただ、それだけではない。
今の時代というのは、お主達魂グループが立てた計画の集大成の時期にあたっておる。これはどういうことかというと、今の時代をターゲットにして、魂の計画を皆、立てて来たということ。自分は今という時代の為に、各時代に転生し、魂の力を蓄えてきたんだということなんじゃ。
じゃから、今までの集大成をしていくということを念頭に、今世を精一杯生きていくことが大切なことじゃとわしは思う。
 

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守護霊体制の秘密

ピピン
この前は、一人一人に守護霊がついておるということについて話したのう。
この守護霊体制というものが布いてあるから、地球では各人に守護霊がついておるんじゃが、これは、他の天体でも同じかというとじゃ、地球の特徴と言えよう。
元々は、地球でも守護霊体制なるものはなかったし、天上界ともいつでも交信できておったんじゃ。
では、一体何故、この地球では守護霊体制というものを布いたかじゃ。
 
遥か昔、天上界には7大天使がおった。
ミカエル、ガブリエル、ラファエル、なんていうのを聞いたことあるかのう。
この内、ルシフェルという智天使が地上に肉体を持った。
その時の地上の名前をサタンというたんじゃ。
彼は本当に頭が良かったんじゃが、地球の最高神の一人エル・ランティに対して嫉妬をもってしまった。悔しいもんじゃから、わしの方が偉い!!と反乱を起こし、悪行三昧に生きたんじゃ。
勿論、死した後、元の天上界に返れるはずもなく、彼は名をルシファーと改め、天上界に対して反旗を翻したんじゃ。この時より、低級霊界域に地獄世界なるものが発生したんじゃ。
その後、地上世界は、魔界の者からの惑わしによって、死後地獄世界へ行くものが増えてしもうた。
これだはいかんということで、それを防ごうということで、基本的に各人の霊道というものを閉じさせ、変わりに守護霊体制を布いたんじゃ。守護霊に各人を守るように義務付けたということじゃ。
 
通りすがりの地球人
びっくりする話ですね。
それに、そんな経緯があったなんて・・・。
初めて知りました。
 
ピピン
まぁ、学校では教えてくれんからのう。
悲しい歴史じゃ。

テーマ:メッセージ - ジャンル:日記

とにかく感謝!

通りすがりの地球人
最近、少しづつ愛って言うのが分かってきたような気がするんですが、中々愛の実践にまではいかないもんですねぇ。
 
ピピン
まぁ、地球では物凄い悪想念が渦巻いておるからのう。
今の時代、ボーっとしておったら、それだけで死んだら地獄へ行ける程、強烈なんじゃ。なんもせんでもじゃぞ。他の時代ならば、ボーっとしておっても、ボーっとした世界に行くだけで地獄には行かんのじゃ。これは、恐ろしい世の中になっておるということなんじゃ。

その中で愛を想い実践しようというのは、確かに難しいかも知れんのう。
しかしじゃ、そうかというて放ってはおけん。
愛の実践が出来んとか、難しいとかあるじゃろうが、最低でも自分から出ておる悪想念を絶っていかんとのう。自分も人類地獄化運動に参加しておることになってしまうからのう。
 
通りすがりの地球人
じゃぁ、どうしたら、自分から出てしまう悪想念を絶っていけるんですか?
 
ピピン
それはじゃなぁ。
とにかく感謝をして行くことじゃ。
悪いことを思うまいと思うてもじゃ、中々そのことから頭は離れんじゃろう。もう、その時点で、頭からモヤモヤっと悪想念が出ておる。悲しいのう。
人間は2つのことを同時には思えないようにできておる。じゃからじゃ、悪いことを思うまいとさえ思わずに感謝できることを色々考えて、とにかく感謝して行くことなんじゃ。
結局、愛というても感謝の心がなくては、本当の愛にはならん。感謝という思いがあるから愛の思いが出てくるんじゃ。愛されていると感じるから愛を返したくなる。
まず、感謝ということをしていって、人類地獄化運動から離脱して行かねばならん。感謝そのものが、光を放ち、人類幸福化運動に参加していることになるといういことなんじゃ。

守護霊とは何か

通りすがりの地球人
ピピンさん、守護霊ってご存知ですか?
守護霊が、死んだお婆ちゃんだとかよくテレビで言ってるじゃないですか?
 
ピピン
おぉ!
守護霊か!?
お主に話しておらんかったかのう?
守護霊というのは、おるぞ。
守護霊というのは、他ならぬその人自身の片割れなんじゃ。
じゃから、死んだお婆ちゃんが守護霊というのは、嘘じゃな。
 
通りすがりの地球人
ええ!?
うそなんですか?
というより、自分自身が守護霊って、よく分かりませんが???
 
ピピン
人間というのは、本来霊としてのエネルギー存在なんじゃが、これが生まれ変わりによって個性を持ってくる。この個性が6人集まって1つの魂グループを形成しておる。これを本体分身というふうに言うたりするんじゃ。
いわば、手のひらのようなもんじゃな。各指が5本あるが、これは分身部分で、手の平が本体部分だと思うたらよい。これが生まれ変りの時に、肉体に宿るんじゃが、手そのものが肉体にごっそりと入るわけではないんじゃ。親指なら、親指が肉体に宿って、後の指と手のひらがあの世で生活しておるという感じじゃな。そして、親指だけでは、心配じゃから人差し指が守護霊として魂の安全を守るようにできておる。
じゃから、守護霊とは、その人自身の片割れというふうに言うたんじゃ。
 
通りすがりの地球人
ほう。
なんか不思議な話ですね。
 
ピピン
人間は何度も何度も、地上に生まれ変わっては、地上で数十年を過ごした後、あの世に帰り、あの世で何百年か過ごして、また地上に生まれて来るということを繰り返しておる。
その生まれ変りの過程で、他の時代に生まれた自分の個性、記憶というものが自分の分身、本体ということなんじゃ。
この内、一人が守護霊役として地上に出た人間を守護することになっておるんじゃ。
じゃから、死んだ誰々の霊が守護霊をしていますなんてことを言うたりする人がおるが、ちょっと違うておるんじゃ。
正確に言うと、大抵は守護霊ではなく不成仏霊というた方が良いかも知れんのう。ご本人は守護しておるつもりでおるということなだけであって、実際は、どこへ行ったら良いか分からずに迷うておるということじゃな。
 
通りすがりの地球人
ええ!!
じゃぁ、あれってそのお婆ちゃんが迷ってるってことなんですか!?
 
ピピン
まぁ、そういうことになるのう。
 
通りすがりの地球人
じゃぁ、ちゃんと供養した方がいいんですか?
 
ピピン
どっかのお寺で供養してもろうても、成仏はされんじゃろうな。
まず、その人の生活のあり方を変えて行く事じゃな。本来の人間としてのあり方にのう。その姿をみて、お婆ちゃんも成仏していくじゃろう。
今まで、わしがお主に申してきたことなどをよくよく知って、真理の知識を吸収して、愛の実践を周りにしていくことじゃ。その後ろ姿を見て、やがて成仏されていかれるじゃろう。
 

テーマ:メッセージ - ジャンル:日記

感謝と愛の心

通りすがりの地球人
ピピンさん、愛とか自他一体とか言われているんですが、自分としては、いまひとつ愛の想いというのが沸いて来ないんですよ。
どうしたら、愛の想いっていうのが持てるんですか?
 
ピピン
お主は、自分の中に愛というのがないというように感じておるようじゃのう。
では、愛というものを自他一体というものとは、別の視点から見ていこうかのう。
お主は、この人良い人だな、好きだなぁなんて感じたことはないかのう?
男女と言う性別を抜きにして、この人好きだという思いじゃぞ。
 
通りすがりの地球人
それは、ありますよ。
親切にしてくれたりすると、良い人だなぁなんて思いますからね。
 
ピピン
では、そういった好きだと思う相手の人に何かお返しをしたいと思わんか?あるいはじゃ、もし、お返しができないとしても、その人の為に何かしてあげたいなって思うかどうかじゃな。
 
通りすがりの地球人
それは、何かお返しがしたくなりますね。
 
ピピン
それが愛の現われなんじゃ。
もう、お主は人を愛しておるということじゃ。
なんじゃ、ちゃんと人を愛しておるじゃないか。
 
通りすがりの地球人
いやぁ、それでは不十分な気がして・・・。
 
ピピン
そうか?
人を好きだという気持ちが、愛の現われじゃとわしは思うぞ。
愛の修行というのがあるが、これは結局「好きな人をいっぱい増やして行きましょう」ということなんじゃ。どんな人も好きになれる人を器の大きな人というたりするんじゃ。
ここで大切なのは、何故好きと感じるかじゃ。
それは、その人から親切にされたとか、好意をもらったとかのう。
いろいろあるじゃろうが、結局はその人から愛をもらったと自分が感じておるから、好きになったり、お返しがしたくなるんじゃ。
言葉を変えて言えば、その人からの愛を自覚したから好きになったんじゃ。
大切なのは、自分がどれ程多くの愛をもらって今生きておるかということを自覚することなんじゃ。その自覚が深まれば、自然とお主の中から愛というものが噴出してくるようになるんじゃ。
自ら受けておる愛を自覚せずに、愛というモノを出そうとしても出んもんじゃ。出たと思っておっても、それはわしは偽者じゃと思うぞ。
自ら受けておる愛を自覚して始めて、本物の愛というのが自然と胸の内から噴出して止まぬものとなるなんじゃ。
これを、「反省、感謝、与える愛」と言われておったんじゃ。
つまりのう。
愛を深めたければ、日々感謝を深める自分であれということじゃ。
 
では、次にいかにして感謝の想いを深めて行くかということが問題となるじゃろう。
これはのう。
観の転回ということが必要になるんじゃ。
見方を変えるということじゃな。
結論から言うと先日にも、ちらっと言うたが、「当たり前と思っているものは、実は当たり前ではない」という視点を持つということなんじゃ。
「朝、目がさめてまだ命がある」、「夜、帰る家がある」、「自分には、両親がいる」、「自分には片親でけでもまだいてくれる」、「自分を注意してくれる人がいる」、「自分を心配してくれる人がいる」、「自分の話を聞いてくれる人がいる」、「吸う息があり、吐く息もある」色々あるじゃろう。
こんなこと言われても、あるのが当たり前じゃと思っておる自分がおるはずじゃ。
その自分と対決して、本当にそれが当たり前なことなのかどうかということをよくよく考えてみるとええ。
人間は、何も持たずに生まれて来たんじゃ。
それが当たり前なんじゃ。
つまり、本来何もなくて当たり前なんじゃ。
自分の物なんてなくて当たり前だったんじゃ。
それを忘れて、自分の物というものが増えるに従って「もっと、もっと」となっておる。
それをようよう考えて、「何事も、なくて当たり前」という視点でもって色々と振り返ってみるとどれほど自分が与えられているかということに気が付くはずじゃ。
そうやって、感謝というものを深められたらよいかとわしは思う。
 

テーマ:メッセージ - ジャンル:日記

人を裁く心

通りすがりの地球人
ここ数年、自殺者が多いですね。世も末ってことですかね・・・。
あぁいう人たちは、地獄霊に取り付かれているって聞いたんですが、地獄霊に憑かれるってことは、同じような心境だったわけでしょ。結局、自殺したっていうことは、自分の人生から逃げ出したっていうことなんですよねぇ。やっぱり本人の問題ですよねぇ。本人が変わらないとどうしようもないですよね。
 
ピピン
お主は、わしの話をちゃんと聞いておったのか?
 
通りすがりの地球人
えぇえぇ?!
ちゃんと聞いていいたじゃないですか!!
 
ピピン
ならばじゃ。
何故に人をそうやって裁くのじゃ?
確かにお主が言うておることは間違うてはおらぬ。
しかしじゃ、お主の考え方の中には愛の思いが一欠片もない。
お主の言葉は、血も涙もない言葉じゃ!!
人間神の子、皆、我ら共に兄弟姉妹なんじゃ。
それなのに、苦しんで苦しんで自ら死を選んで行った者達に対して、お主は裁くことしかできんのか!!
確かに、彼らは自分の人生から逃げ出したのかも知れぬ。
しかし、その苦しみいかばかりであったであろうか・・・。
さぞかし無念じゃったろうに・・・。
 
わしから見ると地球に生きておる者は、皆、多かれ少なかれ地獄の者達に惑わされながら生きておる。
お主とて例外ではない。
地獄の者達に惑わされ、苦しみ、夜も眠れずもがいていた時があったじゃろう。
その苦しみの最中、彼らは死を選んでしまったのじゃ。
そのまま、死んで行けば、その心の通じる世界に行くとも知らずに・・・。
なんと哀れな・・・。
なんと無知な・・・。
お主は、彼らの行為に対して、「何で死を選んだだ~!!」というような憤りもなくば、「自分達が世界の真実をその人に伝えられなかったせいだ!!」とか「何かもっとその人の為に自分はできたはずなのに~」というような自責の思いもない。
本当に愛がある者であったならば、間違った思いと行動をとった者に対して、無関心に裁くというようなことは絶対にせんのじゃ。
 
通りすがりの地球人
しかし、「自殺はいけませんよ~」ってビラを配る運動に参加してビラを配ったりしていたんですよ。
 
ピピン
では、聞くが、お主は自殺を考え苦しんでおる者の話を聞いて、その気持ちを理解してやったことはあるのか?
そして、その者の為に一緒に考えてやったことはあるのか?
 
通りすがりの地球人
いえ、ありません。
 
ピピン
では、「自殺はダメですよ~」って呼びかけておっただけっちゅうことじゃな。
そんなもん、本当の愛ではないわ!!
「自殺はダメですよ~」って言われたってのう。
本気で死のうかどうか悩んでいる者にとっては、「そんなことダメなのは知ってます!!でも、死ぬしかないんです!!」ってことになるだけじゃ。
自殺することが悪いことだってことくらいは、皆、知っておるんじゃ。
「自殺ってダメなことだったんですか、じゃぁやめます」って者がどこにおるんじゃ。
そんな人間なら、最初から自殺なんぞ考えはせんわ!!
お主がやってきたもんは、単なる見せ掛けじゃ!
同悲同苦の心なんぞ、どこにもない!!
そんなことで生きておって、何が愛じゃ。何が自他一体じゃ。
自他一体というのは、他の人の苦しみ悲しみを我が苦しみ悲しみとして、他の人の喜びを自らの喜びとすることなんじゃ。
それを愛というんじゃ。
他人を自分の事とは切り話して考え、知でもって裁くところに愛なんぞないんじゃ。
本当の愛なんて生まれんのじゃ。
それでは、本当に世界の真実を知っているとは言えん。
本当に知るということは、本当の愛に結びついていくもんなんじゃ。
人間神の子、皆、兄弟姉妹ということを、本当に知っておれば、苦しむ者あらば、決して裁くことなく、自分のこととしてその者を助けんとするっちゅうのが、本当の知であり、愛なんじゃ。
よいな、履き違えてはならんぞ。
人を裁いてはならんぞ。
人を裁く心が出てきた時点で、お主の中に愛がないということを証明しておるということなんじゃ。
 
 

テーマ:メッセージ - ジャンル:日記

死んで持って帰れるのは心だけ

ピピン
お主、何やら思い悩んでおるようじゃな。
 
通りすがりの地球人
えっ!!
分かります?
 
ピピン
うむ。分かる。
というか、お主は分かり易いわい。
 
通りすがりの地球人
いやぁ、どうしたらもっとお金儲けできるかなぁ。なんて考えているんですよ。ネットで何とか情報って何万円もの価格で売ってるじゃないですか。結構、うそっぽいんですけどね。でも、儲かるんなら私も何でもいいから売ってみようかと思いまして・・・。
 
ピピン
このバカ者!!
何度いうたら分かるんじゃ!!
人を騙してもいいから儲かればいいと思うておるじゃろ!
そういう考え方が「自分さえよければいい」ちゅう考え方ではないか!!
よいか!
死んだら、お金なんか持って帰れんのじゃ。地位や名誉やそんなもん何の役にも立たん。
死んで持って帰れるのは、心だけなんじゃ。
心にどれだけ利他の思いを刻んで生きてきたかが大切なんじゃ。あるいは、記憶とか思い出というてもいいかも知れん。
お主のような考え方をしておっては、死んでから人生を振り返った時に、なんと自分は「自分のことだけを考えて生きていたのか」と恥ずかしく残念な気持ちになるんじゃ。そして、自らの意思で地獄へと赴くことになってしまうんじゃ。
そんな思いを、お主にさせとうない。
じゃから、こうやっていくら嫌われようとも、お主に対して厳しく言うたりするんじゃ。

死んだら思っておることは全て他の人に筒抜けなんじゃ。じゃから、誰に見られても恥ずかしくない心というものを持って生きていかねばならん。
他の人から見られても恥ずかしくない心、それは「愛」というものを旨に生きておるその姿なんじゃ。
神の子として、光っておる生き方なんじゃ。
 

愛と実践

通りすがりの地球人
自他一体と言われているんですが、今ひとつ具体的にどうすればよいのかピンと来ないんです。
 
ピピン
自他一体の自覚を持って生活をするとは、愛を持って生きよということなんじゃ。
では、愛とは何か?
「人から奪うことではなく、人に与えることを愛というのですよ」と言われておる。
しかし、それだけではのう。
分かったようで分かってないようでのう。
実際、電車の中で席を譲ること位しか思いつかんじゃろうし、困っている人がいたら助けましょうというてもじゃ、愛を与える為に困っている人はいないかなぁなんてのう。目をキョロキョロさせておるわけじゃ。
これでは、なにやら困っている人がいないと仕事できないような気になるじゃろう。
そこでじゃ、自分がどういうときに人から愛をもらったと感じるかをよく知ることから初めてはどうかと思うんじゃ。
イエス様も言うておったじゃろう。
汝がなされたいが如く他にもなせ」とな。
自分がして欲しいと思うようなことを人に施していきなさいということじゃな。
 
通りすがりの地球人
じゃぁ、私はお金をもらうと嬉しいから、道行く人にお金を配って歩いたらいいってことですかねぇ?
 
ピピン
勿論、お金が有り余ってしょうがないっちゅうことでばら撒くなら、わしは止めん。
しかし、「あぁあ、あのときお金をばら撒かなきゃ良かった。ばら撒かなかったら、こんなに生活費で困ることないのに・・・」なんてのう。
後で後悔して、執着になって苦しい思いをするようなら、はじめからせん方がましなんじゃ。
 
通りすがりの地球人
では、お金以外って何があるんでしょうか?
 
ピピン
お主は、人から親切にされると嬉しくないかのう?
人から認められたり、誉められたりしたら嬉しくないかのう?
人に話を聞いてもらって、一緒に笑ったり泣いたりしてもらうと嬉しくないかのう?
困っているときに、一緒になって助けてくれたりしたら嬉しくないかのう?
あるいは、人に何かしてあげて、御礼を言われたら嬉しくないかのう?
 
通りすがりの地球人
嬉しいですね。
 
ピピン
そういったことを他の人に施せというておるんじゃ。
それなら、わざわざ困っている人を探さなくても、家に帰ってからでも、会社に行っておってもできることではないかと思うんじゃ。
そしてできれば、次に、考えて欲しいことがあるんじゃ。
 
通りすがりの地球人
何ですか?
 
ピピン
愛の実践が、少しづつできてくると、人は「私は親切にしている」という自負心みたいなものがでてくる。たまにおるようじゃが、「わし程、親切な人はおらん」なんて言う人、おるじゃろう。
しかし、立ち止まってよく振り返って欲しいんじゃ。
自分は人に親切にしてきたと思っているかもしれないけれども、自分がどれ程多くの人の親切、愛によって生きているのかということをよくよく考えて欲しいんじゃ。
人に話し掛けても、その人が聞きたくないと思うて無視することだって可能なんじゃ。しかし、自分の話を聞いてくれている。
人に何かを頼んだときに、その人がそんなことしたくないといって断ることも可能なんじゃ。しかし、快くお願いを聞いてくれる。
そんなことが一杯あるはずじゃ。
それをのう。ようよう振り返ってみて本物の感謝というものを知ってほしいんじゃ。
当たり前と思っているものは、実は当たり前なのではなくて与えられているんだということをよくよく知って貰いたいんじゃ。
さすれば、お主の愛はさらに深まっていくことじゃろう。
 

テーマ:メッセージ - ジャンル:日記

ある日、彼は道を歩いていた。
会社に向かういつもの道。
 
そして、ほどなくいつもの交差点に差し掛かった。
彼の前には、老婆が杖を頼りに青信号を待っていた。
 
突然、老婆は「うぅ~」という低いうめき声と共に彼の視界から消えた。
ふと見ると老婆は胸部を抑えて、座り込んでいる。
 
信号が変わった。
彼は「このままなら遅刻してしまう。」と思って、老婆に気づかない振りをして会社へ急いだ。
彼の後ろで救急車のサイレンがかすかに聞こえた。
救急車のサイレンが止んだときには、老婆はもう二度と息をすることはなかった。
 
翌日、彼は道を歩いていた。
会社に向かういつもの道。
 
そして、ほどなくいつもの交差点に差し掛かった。
彼の前には、青信号を待つ老婆の代わりに小さな花が置いてあった。
 
突然、彼は胸部に激痛を覚えた。
「うぅ~」という低いうめき声と共に彼は座り込んだ。
 
信号が変わった。
彼は「このままなら死んでしまう。」と思って、会社へと急ぐ人の群れに力を振り絞って手を伸ばした。人々は、彼に気づかず会社に急いだ。
意識が遠のくなか救急車のサイレンがかすかに聞こえた。
救急車のサイレンが止んだときには、小さな花を握った彼の死体が転がっていた。
 

テーマ:短編小説 - ジャンル:小説・文学

近づく天変地異

通りすがりの地球人
ピピンさん、色々と世の中が非常識になってきたというか、自分のことだけ考えている人が増えていますねぇ。
 
ピピン
そうじゃのう。
段々、悪化しておるようじゃ。
お主には見えんじゃろうが、悪想念の量でいうと年々ひどくなっておる。
上空から、もう地上が見えん位じゃぞ。
こりゃぁ、地球意識も大変じゃ。
もし、わしが地球意識なら、かなわんのう。
わしなら、とうの昔にブルブルって身震いしてじゃ、大都市なんぞ、瓦礫の山になっておるじゃろうのう。
どれだけ、お主達地球人は、この地球意識に愛されておるかということをよくよく知らねばならんのう。
なんせ、現代の悪想念の量は、もうお主達の過去の文明であるアトランティス末期をとうに超えておるからのう。
 
通りすがりの地球人
あの一夜にして大陸ごとなくなったアトランティス文明のことですか?
 
ピピン
そうじゃ。そのアトランティス文明じゃ。
その末期に似ておる。
いやぁ、悪想念の量に関して言えば、それ以上にひどいのう。
おそらく、地球始まって以来かつてない程の量じゃろうのう。
正直申せばじゃ、人間で言えば、もう薬では完治せんところまで来ておるのう。
そろそろ、外科手術をせんとおっちんでしまうところまで来ておる。
 
通りすがりの地球人
外科手術って、天変地異のことですか?!
 
ピピン
そういうことじゃのう。
投薬に関して申せば、現在、お主達が神と呼んできた者達からのメッセージが地上に降りておるし、また、他の天体の者からのメッセージも降りておる。
わしの見る限り、地球の指導霊は、現在、レムリア・ルネッサンスというところを中心に大挙しておるようじゃ。他の天体からは、アミというものなどがメッセージを発しておる。
 
通りすがりの地球人
アミって、「アミ 小さな宇宙人」のアミですか?
 
ピピン
そうじゃ、そのアミじゃ。
わしら、他の天体の者も指をくわえて見ておるのも辛いのでのう。
何らかの形で、お主達にメッセージを発しておる。
今申したように現在も投薬は続いておるが、残念ながらもうすでに、少しづつ外科手術が始まっておる。各地で地震や異常気象が派手になってきておるじゃろ。
お主は気づかぬか?
 
通りすがりの地球人
確かに、先日、大分県で地震が起きていましたし、もうちょっと前では新潟でも地震が起きてましたね。
 
ピピン
まぁ、これまでのは単なるウォーミングアップみたいなもんじゃからのう。
これから、台風、ハリケーンなどの風水害もひどくなり、地震は起き、疫病は広がっていくじゃろう。
こころされよ。
わしは、安全の為に地球からちと離れて見ておるからのう。
 
通りすがりの地球人
あぁ!!
ずるいですよ!!
それより、もうなすすべはないんですか?
 
ピピン
以前にも申したが、地球人が何を選択するかに掛かっておる
選択肢は2つ、自他一体の自覚を持って、宗教間の対立をなくし地球人としての意識を持つのか。
それとも、人類自らいがみ合い自滅していくのか
ということなんじゃ。
1つ目の選択をわしは希望しておる。
1つ目の選択しの先に我ら他の天体の者との交流というわくわくするような未来が待っておるんじゃ。
皆、希望を持って、諦めんことじゃ。
とにかく、一人でも多くの地球人に自他一体の自覚を持って欲しいものじゃ。
 

テーマ:メッセージ - ジャンル:日記

神という言葉

通りすがりの地球人
ピピンさんはよく「神」という言葉をお使いなのですが、どうしても宗教のように思えてしようがないのですが・・・。
 
ピピン
わしの認識では、神という言葉は、特定の宗教というような中に押し込められるもんではないと思うておる。お主達が「この世」と呼んでいる世界、これも神の御創りになられた世界、「あの世」と呼んでいる世界、これも神の御創りになられた世界、お主達からした他の天体の者達の住まう世界、それも神の御創りになった世界なんじゃ。そして、すべての世界を貫く力、それが神なんじゃ。
 
芸術、学問、科学の究極にあるのは、大宇宙の神なんじゃ。大宇宙の神というのは、愛の法則そのものなんじゃ。
 
芸術に関して言えば、究極的に何を表現の対象とするかというと神を表現対象としておるんじゃ。ギリシア時代というものは、神を表現する為に芸術が発達したんじゃ。そして、数千年経った今でも、ギリシアの芸術を現代でもこえられずにおる。
 
宗教と対立するとされておる科学というものも、実際は神の創られた世界を研究対象にしておるだけなんじゃ。神の御創りになられた世界を解明することが、科学の目的なんじゃ。じゃから、決して科学と「神」という言葉は対極的な考えではないんじゃ。
 
同じことであるが、物理学というものにしても、わしからすると神の力を解明する学問に見える。
例えば、ニュートンが発見したとされる万有引力の法則、これは神の愛の法則の一面を説明したものなんじゃ。なぜなら、神の本質とは愛であり、愛の性質の中に、お互いに引き合うという性質があるからなんじゃ。万有引力の法則とは、「人間、動植物、鉱物に至るまでこの世界にあるすべてのものは、神の子であり、神の愛の結晶である。故に、お互いが引き合うものである。」ということを説明したものなんじゃ。
まぁ、確かに「どういうつもりで万有引力の法則を発表したの?」と、ニュートンさんに聞いて見ぬと分からんが、わしには、そう見えるということじゃ。
 
何が言いたいかというと、神という言葉は、特定の宗教で使われるべき言葉ではなく、芸術、学問、科学においても使われるべき言葉であるということが言いたいんじゃ。神の為に芸術があり、神の為に学問があり、神の為に科学があるということなんじゃ。神とは主であり、芸術、学問、科学などは、すべて従なるものであるということなんじゃ。
ちとややこしいことを言うてしもうたかのう。

テーマ:メッセージ - ジャンル:日記

姿の見えない宇宙人

通りすがりの地球人
ピピンさん、今度UFOに乗せて貰えますか?
 
ピピン
悪いがのう。
今のお主では、無理じゃ。
何よりじゃ、お主達地球人からは、わし等は見えんじゃろ。
 
通りすがりの地球人
ええ!?
なぜ見えないんですか?
 
ピピン
わざとらしいヤツじゃのう(笑)。
ほれ、現に他の天体の者が多く、お主達地球人に手を振っておるが、誰も気づいておらんぞ。(笑)
今、わしは、お主の顔の前で「あっかんべ~」ってしてみたが何も見えんかったじゃろ。 
 
通りすがりの地球人
そんなことしていたんですか!?
というか、この前お会いしましたよね。
最近は、テレパシーでの通信ばっかりですが・・・。
 
ピピン
あれか、あれはのう。
お主の夢の中じゃ。
夢の中じゃはっきりと見えたじゃろ。
寝ている間は、肉体を抜け出すことがあるからのう。
その時にお主達が霊界と呼んでおる世界でわしとあったんじゃ。
 
通りすがりの地球人
ええ!?
霊界って!?
ピピンさんって幽霊なんですか!?
 
ピピン
幽霊とは、失礼なヤツじゃ。
わしはお主のイメージしておるような迷うた存在ではないぞ。
まぁ、そう言われれば、お主達からしたら幽霊かもしれんのう。
存在形態は似ておるからのう。
 
説明するのは、ちと難しいが、お主の分かるように言うとじゃ。
わしらの肉体は、お主達地球人の肉体とちと違うておってのう。
お主達の肉体は、3次元世界での物質じゃなぁ。
しかし、わし等の肉体と言うのは、4次元以降の物質なんじゃ。
完全なエーテル体というわけでもなく、完全な物質というわけでもない
んじゃ。
完全なエーテル体というのは、霊といってもよいかのう。
これはのう。
心が純化してくれば、やがてお主達地球人の肉体もわし等のようになってくるんじゃ。
しかしのう。
このまま、科学技術が発達していって、お主達がわしの星に来たとしてもみえんじゃろうな。
 
そういえば、お主達の中には「目に見えないものは信じない」という考え方を持っておるものがいるようじゃが、果たしてそれが、正しい考え方であるのかどうかということじゃな。
結論を言えば、たとえ目に見えなくとも、おる者はおるんじゃ。
目に見えないから存在しないと考えるのは、ちと早計じゃのう。
神様と聞いたら、「目に見えないものは信じない」、「神がいるならそれを見せてみろ」というような者もおるようじゃが、そういう者はわしにも同じことを言うじゃろうな。
もし、神様じゃなしにわしに存在証明しろって言われたらじゃ。
いくら助けたいと思うておっても、わしは「そんな戯け者は知らん。」と言うて放って置くしかなくなるんじゃ。
わしはここに居るのにじゃぁ、なぜ、わしが生きていることを証明する必要があるんじゃ?
もうすぐ、地球が危ないから助けてやりたいと思うて手を差し出しても、ピピンなんて見えないから居らんと言われたら、助けようがないんじゃ。
これはのう。
大宇宙の神や、地球の指導霊の方々に対しても同じことが言えるんじゃ。
まぁ、残念じゃが、「目に目ない存在に対して、存在証明をしてみろ」というような者は津波にでも流されて貰うしかないかのう。
 

テーマ:メッセージ - ジャンル:日記

宗教と常識

通りすがりの地球人
ピピンさんのお話を聞いていると、何かの宗教みたいですね。
どこかの宗教に属した方がいいんですか?
 
ピピン
以前にも言うたと思うが、どっかに属しても構わんが、特定の宗教に属する必要は別にないんじゃ。大切なのは、「人につかず、組織につかず、法につけ」ということじゃ。
 
はっきり言ってのう。
特定の宗教に入らなければ救われないというような考え方なんぞ、もう捨ててしもうてええんじゃ。伝道と言って会員数ばかりを集めるような○○会というような宗教は、もう必要ではないんじゃ。
必要なのは、一人一人の人間が地球人としての意識を持って、自他一体の気持ちで生きることなんじゃ。一人一人、自他一体の気持ちで伝えて行く、自分の出来る限りの世界に対して、常に発進していくそれしかなかろう。
 
わしの言うておることなんぞ、地球では宗教として言われたりするかも分からん。
しかしじゃ、わしの星に来たらのう。
宗教じゃなくて、単なる常識なんじゃ。
逆にのう。わしらの星に地球の宗教を持っていったりしたらのう。
単なるイデオロギーとして扱われるんじゃ。
何々派ってな感じじゃのう。イエス・キリスト派、マホメット派、仏教派ってなもんじゃ。
しかし、どのイデオロギーを信奉するにしても、わしらの星では、「人間は神の子」というのも当たり前でのう。
じゃから、みんな人の為に生きておるし、イデオロギーの為に殺しあうこともないんじゃ。

テーマ:メッセージ - ジャンル:日記

自他一体

通りすがりの地球人
神の子の自覚を持ったら、自他一体の思いと行動がでると仰っておられますが、なかなか自他一体というふうには自覚できませんねぇ。
 
ピピン
う~む。
では、もう少し話してみようかのう。
大宇宙の神というのは、大きな大きな愛の塊と考えたらええ。
その大きな愛の塊からわれらは分かれて来たんじゃ。
そうじゃのう。
例えば、お主達は、正月にお餅をついたりするじゃろ。
お餅がつけたら、一口サイズに丸めたりするのう。
あれに似ておる。
神というのは、つきたての餅じゃ。
そして、一口サイズに丸められた餅がわしらということなんじゃ。
それぞれの丸められた餅は、別々に見えるけれども、本来は同じ餅から分かれてきておるのう。
それと同じじゃ。
実は、他人と見えておる存在は、実は姿を変えた自分自身だということなんじゃ。
懐かしい懐かしい自分自身であり、兄弟姉妹なんじゃのう。
お主達は、人の為に生きたりしたら損したような気でおるじゃろ。
しかし、真実は違うんじゃ。
人の為に生きなきゃ損なんじゃ。
本当に自分の為に生きたいならのう。
姿を変えた自分の為に生きたらええんじゃ。
そんなエゴイスティックな生き方がええのう。
お主等のエゴなんぞ、生ぬるい。
本当にエゴに生きるんじゃったら、徹底的に他人として現れておる自分自身の為に生きることじゃ。そしたら、神様からも、誉められ、他の人からは感謝されてと良いことずくめなんじゃ。
どうじゃ?
難しい考え方か?
「真実を知って、徹底的にエゴイスティックに、他人と見える自分の為に生きる」ただそれだけじゃ。
 

テーマ:メッセージ - ジャンル:日記

宇宙人類への条件

通りすがりの地球人
先日、「地球人の意識を持て!」と仰っておられましたが、その意識さえもてば、地球は救われ、宇宙時代に移行できるんですか?
 
ピピン
お主は、簡単に言うのう。(笑)
そう簡単には、いかんじゃろう。
わしも地球の現状を見ておって、「駄目かもしれん」とも正直思うておる。
他の天体の者なんぞ、「あぁ、今回もダメか」ってのう。
自分の星に引き返そうとした者もいたくらいなんじゃ。
しかしじゃ、わしはまったくダメとは思っておらん。
じゃから、こうやって、一丁乗り込んでやるかって思ってのう。
お主達にメッセージを伝えておるんじゃ。
 
通りすがりの地球人
では、地球人としての自覚を持つ上で、何が大切と考えておられますか?
 
ピピン
この前から、お主達に伝えておるのは、次の2点を知って貰う為じゃ。
すべては神の子であるということを自覚するということ
生命とは、永遠に転生輪廻している永遠不滅の存在であるということ
これは最低限な情報じゃ。これが当たり前に思えるようになって欲しいものじゃ。
しかし、これだけでは十分ではない。
大宇宙の中で我らは、宇宙連合というものを造っておる。言うてみれば、お主等の国連みたいなもんじゃな。この宇宙連合の中で、発言権のある星とない星がある。
お主達の星は、加盟した記憶はなくとも発言権のない星として登録されておる。
では、一体どういう星が発言権をもっているのかということじゃな。
それは、上にあげた2点は当たり前に、皆が自覚しておるんじゃ。
こんなもん、お主達がどう考えようと、宇宙の常識じゃ。
誤解されては困るので、言っておくが、知りさえすれば良いのではないぞ。
思いと行動に転化せねば、知っているとは言わんからのう。
つまり、知っていると言っても思いと行いに転化しないのは、知っているとは言わぬ。自覚しているとは言わんのじゃ。
 
通りすがりの地球人
知行同一」ということですね。
知は行の始めにして、行は知の成なり
 
ピピン
お主、難しい言葉を知っておるのう。
そうじゃ。そういうことじゃ。
本当に知っているならば、行動になるはずということじゃな。
では、いかなる行動が伴うべきかということが肝要じゃ。
それはのう。
人の苦しみを我が苦しみとして感じ、困っている人が居たら自分の全生命をかけてでも助けようとするということ」と「人の喜びを我が喜びとして生きる」ということじゃ。
つまり、「自他一体」という自覚を持って生きると言うことなんじゃ。
そして、「他」の存在とは、同じ地球に生きるもののみならず、全宇宙の生きとし生けるものなんじゃ。
これが出来て初めて、地球人は宇宙人類としての人格を得るんじゃ。発言権を得るんじゃ。
わしらは、他の天体の者に対しても、自分のことのように感じておるんじゃ。お主達が苦しんでいれば、我らも苦しく感じなんとかしてやりたいと必死になるんじゃ。
また、お主達が喜んでおれば、わし等は自分のことのように嬉しいんじゃ。
そんな気持ちをお主達は持て!といっておるんじゃ。
 
わしがこの星に来たとき、本当にびっくりしたぞ!
自分さえよければいいという考え方など、微塵もなければ、考えたこともなかったからのう。じゃから、お主達の考え方と言うのを理解するのに本当に骨が折れたわい。
 

テーマ:メッセージ - ジャンル:日記

神とは何か

通りすがりの地球人
ピピンさんは、「神の子の自覚をせよ」と仰っておられますが、ピピンさんの仰る神とは、どのような神なのでしょうか?
 
ピピン
地球人からすると神という言葉を聞くと、イエス・キリストや、アラー、はたまた日本の神様を思い浮かべておるかもしれんのう。しかし、わしはそういう特定の神様、何教の神という意味で言っておるのではない。わしが言っておるのは、大宇宙の創造の神のことじゃ。もっと言えば、神とは大宇宙を統べる愛の法則であり、愛のエネルギーであり、光であるんじゃ。
わしらの星では、「神」という言葉を何教の主宰神というような使い方はせんのじゃ。
お主達が神と呼んできたのは、何億年もの間この地球の人々を教え導いてきた指導霊なんじゃ。わしらからしたら、イエス・キリストも、モーゼも、仏陀も、アラー、ヤハウェと呼ばれている方も、日本の神々にしても、すべて地球の指導霊という認識なんじゃ。イエス・キリストも、モーゼも、仏陀も、アラーの神も、大宇宙の神からこの地球の統治を任された大きな大きな霊エネルギー体なんじゃ。日本においては、神近き方という意味で、「上下(かみしも)」の「上(かみ)」という意味で使われて来たんじゃ。
お主達地球人が神と崇めてきた方々は、実は「神の子」の本質を、人霊として最高度に発揮されてきた方々であるんじゃ。
 

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