地球人に向けて
このブログは、オリオン星人であるピピンの視点から 地球人へのメッセージをお伝えします。

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光神体

ピピン
さて、今日は光神体について、話すとしようかのう。
光の神の体と書くんじゃが、もうここまでくるとほとんど本来の姿に戻ってきておる。
体の内側から眩しい程に光が出ており、全身光輝いておってのう。
もう、神の一部としての状態となっておるんじゃ。
そうじゃのう。
眩しすぎて、よく目を凝らさないとその姿が見えないところまで来ておるのう。
六次元では、天使と人間の狭間におるようなもんなんじゃが、この七次元では、もう全ての者が天使となっておる。
それが、この光神体の姿じゃ。
 
さて、どのような生活をしておるかというと、さっき、神の一部と言ったんじゃが、その存在自体が神の一部、神の手足として生きておるのう。
神の自己実現というたらええじゃろうか。
自己実現というと自分というものの思いを実現していくという意味なんじゃろうが、ある意味、自分という意識がない。
記憶喪失とか錯乱状態にあるっていうことではないぞ(笑)
自我というものがないということじゃ。
いわゆる、無我というやつじゃ。
仏教には無我という言葉があるんじゃが、それはこの七次元以降の自己意識のことをそう呼んでおったんじゃ。
自我がないとはどういうことかというとじゃのう。
まぁ、同じことなんじゃが、「自分というものは、神の一部であって、神の手足である」という意識じゃ。
「神様の願いを実現していきたい」という思いが強くある状態じゃ。
なおかつ、何度も言っておるが自他一体の自覚がもうゆるぎないものになっておる状態じゃのう。
他の人のことが自分のことのように感じて、困っている人、悩んでいる人がいたら、もう放ってはおけないという状態じゃ。
地上の人間は、「お金持ちになりたい」とか「いい家に住みたい」とか「いい車に乗りたい」なんて思うておるかもしれんが、それらはすべて自分というものの為に自分のエネルギーを向けておるということじゃろう。
しかし、無我というのは、自分の為っていうのを通り越してじゃ。
「神様の為になりたい」とか「誰々の為になりたい」っていうのう。
自分以外のものの為に、自分のエネルギーを向けておる状態なんじゃ。
 
通りすがりの地球人
ちょっと抽象的な話に聞こえるのですが、実際には、どんなことして生活しているんでしょうか?
もうちょっと具体的な話を聞かせてもらえますか?
 
ピピン
そうじゃのう。
六次元の生活は、専門的なスペシャリストとしての生活じゃと話したが、ここでは、それを通り越して、ゼネラリスト的な生活を送ることなる。
実際には、神の手足としての実践部隊としての生活ということができるじゃろうか。
神への奉仕活動をしている状態じゃのう。
そして、その奉仕活動の中心は、対機説法ということになる。
根本的な法というものを伝えるには、全ての者がそう簡単に理解できるものではないだろうから、もっと噛み砕いた形でもって伝えていくにはどうすればよいかということを日夜、試行錯誤しておる。
あるものは、地獄救済の実践部隊として指揮をとったりしておるのう。
六次元の者たちと一緒に地獄に赴いて、指揮官として救済をするという仕事をしておるものもいる。
六次元が一兵卒なら、七次元は部隊の隊長として、八次元の「少将」とか「中将」とかの将校の下、地獄に赴くということじゃのう。
そして、あるものは、六次元に赴いて人を指導しておるのう。
人を指導する際は、七次元の者は六次元の者を指導し、六次元のものが五次元の者を指導するというようにじゃ。
まぁ、上とか下とかいう表現は、わしは好きではないんじゃが、一つ下の次元のものを指導するというのが基本じゃのう。
七次元のものが直接、五次元のものを指導するなんてしようと思って、五次元に行ったりしたらじゃ。
五次元の者には、もう眩し過ぎて姿が見えんということになって、話どころではなくなってしまって、話をしようにも話ができんのじゃ。
そしてまた、あるものは地上に降りた七次元の菩薩を指導したりしておる。
三次元世界を神の国に近づけようと地上に生まれてくるという実働部隊がこの七次元の者たちなんじゃが、その地上に降りた七次元の者達をあの世から見守り指導するという生活をしておるんじゃ。
 
通りすがりの地球人
へぇ~。
そういう生活をしてるんですかぁ。
私の本質部分にその光神体っていう状態があるっていうことなんですよね?
でも、そんな風に自分がなれるとはとても思えないんですが・・・・・。
 
ピピン
無理してなろうとする必要はないんじゃよ。
この七次元におる者達は、無理して生活しておるんじゃないんじゃ。
皆、そうしたくて仕方がないという気持ちでもって生活しておるだけなんじゃ。
それは、自然に自分の内から沸いてくる衝動をそのまま行動に移しておるということなんじゃ。
じゃから、無理して神への奉仕活動をせねばって思っても、この世界の住人にはなれんのじゃ。
 
通りすがりの地球人
じゃぁ、私では無理ということですか?
  
ピピン
いやそうではない。
今の自分が内から自然に神への奉仕をしたいという衝動が出てこないからというて、無理だということではないんじゃ。
彼らも地上に生まれて生活すると、今のお主のように神への奉仕の気持ちなってなかなか生まれて来ぬものなんじゃ。
 
通りすがりの地球人
では、どうしろと?
 
ピピン
まぁ、焦るな。
彼らに共通するのは、自らが神の生命(いのち)であるということを悟っておるということと、自他一体を悟っておるということと、神への絶対的信頼というものがあるということなんじゃ。
言い換えると、自分への信頼と他人への信頼、そして神への信頼というたらええじゃろうかのう。
この3つを深く自覚するとき、魂は打ち震え、自然と喜びに満たされて、どうしても神の手足として行きたくてしようがなくなってしまうんじゃ。
 
ではいかにしてその3つを深く自覚するかじゃが、それは人それぞれの方法があるといえるじゃろうが、一つの方法として、神の子であるという自分の本質を自覚して行くという方法がある。
それは、昨日今日話しておるような内容をよく理解して、自分の本質はこんな素晴らしいものなんだと何度も何度も繰り返し思い起こすことで近づいていくんじゃ。
わしの話を聞いておる時、お主は、「これが自分の本質!!」ってびっくりしながら聞いておったが、「これが自分の本質部分なのかぁ」って心の中で認めたお主の顔には希望があった。喜びがあった。
そう、その喜びをもっと深く深く味わっていくことが大切じゃ。
それが、この七次元世界の住人に戻っていくための鍵となるじゃろう。
今、戻っていくと言うたが、お主のその生命の中に、神の本質が宿っておるんじゃ。
それは、この光神体の部分がお主の中にもう既にあるということなんじゃ。
その事実を受け入れ、「そうだ。私の中には、神の命があるんだ。」「これが本当の自分の姿なんだ。」と思っていくとき、お主は、自然と神の手足として生きたくなっておる自分に気がつくことじゃろう。
 
通りすがりの地球人
そうか。
受け入れることなんですね。
分かりました。
もっと受け入れるようにしてみます。
なんか、ほっとしましたよ。
 
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コメント

自己への信頼
他者への信頼
神への信頼
 
自己への感性
他者への感性
神への感性
 
深めるほどに
奥には尽きせぬ
光が満ちているのかな
 
(*^-^)ニコ
【2007/08/03 20:17】 URL | 青空レモン #-[ 編集]

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